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2012年07月23日

どちらを選ぶかによって・・・



 
「人生は、この世限りで、死んだら終わり」ということならば、
 
それなりの生き方がありますし、昔話などが言うように、
 
「死んでもあの世がある」ということならば、
 
それにふさわしい生き方をしなくてはなりません。
 
どちらかであるかによって、生き方が大きく変わるのです。

したがって、これは大事な大事な話であり、

死後の生命に関する知識は、その他もろもろの知識と一緒にはできない、

重要なものなのです。
 
 
 
          「神秘の法」
           第一章 死後の生命 
           P18より
 
 
 






 
  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 22:26Comments(0)仏法真理

2012年06月10日

「悲劇の主人公」からの脱却 ③

icon12icon12日はまた昇るicon12icon12

結局、日を再び昇らせるための方法は、

夜るというものをあまりつかみすぎないことです。「

夜は去っていくものだ」

ということを知らなくてはなりません。

すなわち、自分を憐れむ気持ちと早く訣別しなければいけないのです。

「自分も素晴らしい仏の子なのだ」

という自覚を持ち、その自覚に支えられて生きていくこと、

とにかく前に進んでいくことが大切です。

自己憐憫に浸かっている人、悲劇の主人公にならやすい人には、

悲劇に近い環境が多く出ることも事実です。

また、自己卑下をする人には、悪口が与えられるのです。

したがって、自分をそう弱く見せないことが大事です。

そして、決して自己憐憫はせず、たんたんと自分の王道を歩んでいくことです。

ここに、日がまた昇っていくための秘訣があるのです。


ザ・伝道月刊誌
 大川隆法

  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 22:29Comments(0)仏法真理

2012年06月08日

「悲劇の主人公」からの脱却 ②

icon12icon12自己憐憫(レンンビン)では決して幸せにになれないicon12icon12

病気でも、それ以外の問題でも、悪いほうにばかり考え、

不安なほうにばかり見ていく人がいます、

そうした方向は、どこかで断ち切らなければいけません。

「自分は憐れである。かわいそである」という気持ちで、

自分の内心をくすぐっている人が数多くいるのです。

「こんな病気をしたから、自分は不幸だなのだ」

あのとき、ああした環境だったために、こうなった」

「あれさえなけば」「こうであれば」

ということを、あれこれ言う人はいくらでもいます。

これを自己憐憫といいます。

「自分がかわいそうだ」という感情です。

これは、他人から愛を与えられないので、一生懸命、

自分で自分に肥料を与えているつもりでいるのですが、

残念ながら、この肥料には毒素がはいって、与えつづけると、

やがて草花は枯れてしまいます。

自己憐憫は、その人の心のまっすぐな波長を妨げるという意味において、

毒素となっているのです。

「自分がかわいそうだ」と思って自分を愛している人は、いつまでたっても、

豊か素晴らしくはなれません。

何かきっかを見いだしては、自分をかわいそうな立場に追いやり、

悲劇の主人公にまつり上げて、その傷口をなめている……こうした傾向のある人は

数多くいますが、そうした人たちは、「自己憐憫では決して幸せにはなれない」

ということに気がつき必要がありあます。


ザ・伝道月刊誌
 大川隆法  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 14:58Comments(0)仏法真理

2012年06月06日

「悲劇の主人公」からの脱却 ①

icon12icon12自分の悩みを冷静に見るicon12icon12

「日はまた昇る」という言葉は、いい古された言葉かもしれません。

しかし、この言葉は人生の真実であり、どのような苦難困難のときでも、

日はまた昇るのです。

苦難や困難にある人に、ぜひ実践していただきたいことがあります。

それは、自分の現在のあり方を、第三者の目で冷静に見てみるということです。

そして、「自分と同じような苦難や困難に陥った人が、かつていなかったかどうか」

と考えてみるのです。

人間は「自分の悩みはとてつもなく大きい」と思いがちですが、

たいていはそうでもないのです。

それは過去にも現在にもある話であり、似たような悩みや苦しみを持った人は、

ほかにもいる場合がほとんどなのです。


ザ・伝道月刊誌 スペシャルメッセージ
  大川隆法  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 23:41Comments(0)仏法真理

2012年05月20日

いつも幸福であるために

icon12icon12光のメッセージicon12icon12

世の中には、

自己憐憫型(じこれんびんがた)の人がいます。

自己憐憫とは、

自分がかわいそうだということ考え方です。

自分をかわいそうに思って、

常に悲劇の主人公にしようとする

心理的傾向を持っている人は、

決して、ほんとうの幸せをつかむことはできません。

「自分はこんな不幸に陥って、かわいそうだ」と考える、

人の同情を引くような性格が自分にあると思ったら、

勇気を持って、それを変えていくことです。

他人の同情など受ける必要はないのです。

「自分は常に幸福である。自分はいつも積極的である。

いつも開拓的である。いつも前向きである」

こうした積極的な姿勢こそが、ほんとうの意味での

幸福を開拓していくことにつながるのです。


大川隆法総裁著 「幸福の原点より」


  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 07:22Comments(0)仏法真理

2012年03月27日

奄美拠点初の「幸福供養祭」参列しませんか?

28日水曜、奄美拠点にて、初の「幸福供養祭」が開催されます!

供養祭の開始は午後13時からとなります!

もちろん、支部長が正式に供養祭の法衣をつけて臨まれます!

供養される皆様への祈りを捧げさせていただきたいと思います!

一般の方も奄美拠点で供養の祈りを手向けられませんか?

○先祖供養

○個人供養

○水子供養


ご供養なさらない方も、参列のみも大歓迎です!

奄美発の幸福供養祭、主エル・カンターレの救済の御光をぜひ体感されてください☆

  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 16:48Comments(0)仏法真理

2012年03月19日

人生の苦難から「宝」を見つけるには

icon12icon12人生の苦難は自分に与えられた問題集icon12icon12


人は、何度も何度も、何十回、何百回、あるいは、

それ以上の回数の転生輪廻を繰り返している以上、

そのあいだには、さまざまなパターンの人生があり、そのつど、

さまざまな経験を積んでいるのです。

その意味では、いま起きている苦難の原因は、

今回の人生だけを見ても分からないことがあります。

過去世で積み重ねてきたものまで見て、

「自分には、こんな人生勉強が残っていたのだ」と

分かることがあるわけです。


月間誌 「ザ・伝道」より抜粋

  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 07:57Comments(0)仏法真理

2012年03月13日

光の体験

icon12icon12icon12

ヤングブッタ月刊誌より

仏法真理を学ぶことによって

みなさんは心の栄養を得ることができるのです。

そこに、仏神の臨在を感じることでしょう。


それまで、寒く、辛く、

苦しい人生を生きてきたけれども、

真理を悟って信仰の目覚め、

そして、反省や祈りをしたり、

教学をしたりしているときなどに、

暖かいものが胸のなかにサーッと入ってきて

体が温かくなり、

顔に赤みが差す経験をした人は

数多くいるはずです。

それが、仏の光、神の光であり、

光の天使の世界からくる光なのです




大川隆法 「生命の法」より
  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 21:23Comments(0)仏法真理

2012年03月10日

あなたに贈る光のことば

icon45まず、自分の心を変えるicon45

他人の心は変えられなくても、

自分の心を変えることはできます。

しかし、自分の心が変わることによって、

そこから発される善念、善なるエネルギー、

光が、実は他人を変えていくのです。

感化していきます。

他人の心自体を支配して変えることはできませんが、

他人に影響を与えること、感化することは可能です。

そしてそれは、

なんと、自分自身を変えることによって、

そうなっていくのです。


大川隆法総裁 『理想国家日本の条件』より  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 09:29Comments(0)仏法真理

2012年03月09日

奇跡を感じよう③

icon45この世に偶然なるものは
何もない
icon45

「悩みや苦しみは、自分に何かを教えるために起きるべくしておきているものであり、
それを静かに受け入れる心が大事である」


この世には、偶然なるものは何もないのです。
それを知って下さい。

また、すべてのの問題が、会社の仕事のようなかたちで解決するわけではありません。
その問題を受け入れたときに、実は、その先に道が開けてくるのです。

みなさんは、「なぜ、私にこういう現象が起きたのか」と思うかもしれません。
「自分は、これほど勉強したのに」「自分は、これほど家族を大事にしているのに」
「自分は、これほど親孝行をしたのに」「自分はこれほど美しいのに」
などと思うことは、いろいろあるでしょう。

しかし、それを静かに受け入れてみてほしいのです。

そして、瞑想の時を持ってみてください。
あれこれと分別知で考えるのではなく、心を止めてみてください。
「善か悪か」「プラスかマイナスか」「前か後ろか」
「右か左か」など、分別知によって考え、
「結論を出そう」として焦る心が、
実は、自分を苦しめているのです。

そのときは、まず、一切を受け入れてくください。
判断を下さずに、「今、ここに、自分に対して、宇宙の意志が現れているのだ」
と考えてください。

過ぎてしまえば、その意味がわかってきます。
この世に生きているうちに分かることもあれば、
この世を去った世界に還ってから分かることもあります。

その時期については何とも言えませんが、「一切を受け入れることも、人生における勉強の一つなのだ」
ということを知ってください。

分別知による判断をせず、心を止めてみるicon201

幸福の科学 月刊誌より抜粋   

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 20:58Comments(0)仏法真理

2012年01月13日

心の指針

おはようございます。
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光のメッセージをお届けいたします。

『心意気』

人間は心意気だ。

能力があっても、

意欲のない人間には見込みがない。


意欲といっても、

「そのうち、お金が手に入ったらやろう。」とか、

「みんなが応援してくれたらやろう。」とか

「いい季節になったらやろう。」

とか言っている人はダメだ。

条件や環境が好都合だったら、

自分もやる気が出るのに、と考えているような人は、

他人まかせの言い訳人生を生きる人だ。


あくまでも自家発電だ。

みんながやる気のない時に、

一人やる気をだして、

みんなが、「もうダメだ。」と言いはじめても、

「まだ、まだ、これからだ。」

と、まわりにハッパをかけられる人こそ、

真のリーダーであり、

成功すべき運命を手に握っている人だ。


心意気さえ本物なら、

能力の不足は努力で補える。

経験が不足していても、

まわりの人々が、

カバーし、押し上げてくれるのだ。



月刊「幸福の科学」
2012年1月号に掲載

大川隆法 心の指針85より  

Posted by 幸福の科学奄美拠点 at 08:25Comments(0)仏法真理